透明水彩で描き始めてからおよそ半年になるのですが、始めた頃からずっと悩んでいたのが「主線」です。
当初からミリペン(コピックマルチライナー)で主線を描いていて今でもそうなのですが、ミリペンだと消しゴムをかけた時に色が薄くなってしまい、スキャンした時に薄くなった部分がそのままムラになって出てしまうのですよね…。
下の画像はマルチライナーのウォームグレーで主線を描いているのですが、消しゴムかけで薄くなっているのがわかるかと思います(目の辺りを見てもらえると分かりやすいかな)。
これ以外にも、ある水彩絵師さんがやっていた「水彩色鉛筆で下描きしてシャーペンでペン入れ→下塗りとして下描き部分を水で溶かす→本塗り」という方法も試したりもするのですが、水彩色鉛筆で描いた下描き部分を溶かす時に主線の色が混ざってしまい、汚くなってしまって結局ボツにした事もあります。
この絵は水彩色鉛筆で下描き→シャーペンで清書→下描きを水で溶かして下塗りの色にして塗ったものですが、下塗りの色が濁ってしまって全体的に仕上がりが汚くなってます。練りゴムの掛け方が甘かったのもあるんですが、コレはコレで凹みます。それでも描ききりましたが(バカ高いW&Nのプロフェッショナル水彩紙だったので…)。
ならば耐水性のインクを…と思うのだが、透明水彩やカラーインクを嗜む絵師がよく使っていたとされるホルベインのドローイングインクやドクターマーチンピグメントは既に廃盤。それ以外に思い当たったのはパイロットの証券用インクやターレンスのインディアンインクだったのだけど、透明水彩の主線が黒だと私の絵柄では浮く気がしたので買えず。
そんな時に、twitterの画材研究タグで目にしたのが、インクタイプのアクリル絵具で主線を描く方法でした。
そもそもアクリル絵具ってどんなもの?
顔料にアクリル樹脂を混ぜて作られた絵の具です。
透明水彩と同じく水で溶いて使用しますが、乾くと耐水性になります。また他の絵の具と比較して乾きがとても早く、また固まると水に溶けないので、透明水彩のようにパレットに固めて使うことは出来ません。また制作途中で筆が乾いてしまうと絵の具を落とせなくなるので、制作中は乾燥に要注意。
代表的なメーカー・ブランドとしては
- ホルベイン アクリリックカラー
- ターナー U-35 アクリリックス
- リキテックス レギュラータイプ・ソフトタイプ
- ゴールデン アクリリックス(国内代理店: ホルベイン)
- クサカベ アキーラ(※アクリルと油彩両方の性質を持つ水性アルキド樹脂絵具)
- ロイヤルターレンス アムステルダム アクリリックカラー
などなど。よく聞くのはホルベイン・リキテックス・アムステルダムあたりか。アクリル絵具の歴史自体も割と新しい(本格的に出てきたのは第二次世界大戦後)のですが、中でもインクタイプは更に歴史が浅いため、ネットで探してもなかなか情報が見つかりません。
そのインクタイプのアクリル絵具は、
- ホルベイン アクリリックインク(2016年発売: 100ml/1100円)
- リキテックス リキッド(2008年発売: 30ml/770円)
- ラウニー FW アクリルインク(1990年発売: 29.5ml/1012円)
この3種類のみになります。ラウニーはこの中では一番早く発売されているにも関わらず、取り扱いしている所がリアル店舗はもとよりECサイトでも非常に少ないです。比較的入手しやすいのはホルベインかリキテックスでしょうか(しかしこれも田舎では取り扱い自体していなかったりします…)。
選ばれたのはリキテックスでした
私が選んだのはリキテックスリキッドです。理由は、量が多すぎなくて価格も比較的お手頃な事と、ちょうど調べていた時にめちゃくちゃ刺さる新色が出たから。
なおインク消費量の激しい人の場合は、容量の多い(100ml)ホルベインのアクリリックインクが良いかと。残念ながらミューテッドカラーに似た色はありませんが…
新色25色のうち、「ミューテッドカラー」の色合いが主線に使えそうな落ち着いた色味で素敵だったので、手始めにミューテッドグレーだけ買ってみたのですが、あまりにも色味が好きすぎて気に入ってしまったので、他の色も買い足し。結局全色コンプしてしまいましたw これ以外にもトランスペアレント バーントアンバーとセピアも購入。
画像だとセピアとトランスペアレントバーントアンバーの色味がほとんどわかりにくくなっていますが、バーントアンバーの方がやや明るめの色合いです。これよりももう少し明るい茶色がいい場合はトランスペアレント ローシェンナかローアンバー、赤茶色ならトランスペアレント バーントシェンナやペリレーンマルーン(新色)が良さそうです。
ミューテッドターコイズは(全く同じ色味という訳ではないけど)透明水彩のフタロターコイズやコバルトターコイズ、ホルベインのマリンブルーの色味が好きな人なら絶対気に入る思う。
本題に入る前に: リキテックスについて
世界的水性アクリル絵具メーカーの歴史はジェッソから始まった
リキテックスの歴史は、1955年にアメリカの化学者ヘンリー・レビソンが、水性のアクリル画材としてアクリルジェッソ(下地材)を発売した所から始まります。世界初の水彩アクリル絵具・リキテックス絵具が世に出たのはその翌年。リキテックスの最初の製品は絵の具じゃなくてジェッソだったんですね…意外。
日本では1968年からリキテックス製品の販売を開始。現在はバニーコルアートが代理店となっています。
1971年にはカドミウム代替色を美術界で初めて発売、1984年には絵の具初のASTM(米国試験材料協会)規格をクリア。そして2017年にはカドミウムフリー色が発売(W&Nの透明水彩よりも早かった!)されるなど、健康と環境にも配慮した絵の具づくりをしているようです。
リキテックス リキッドについて
リキテックス リキッドは2008年にまず「アクリルインク」という名称で発売されます。翌年2009年に現在の「リキテックス リキッド」の名称になり、同年8月より日本でも販売が開始されました。当初は30色展開だったようですが、今年になって前述のミューテッドカラーをはじめ、セピアやターコイズ・ペリレーンマルーンといったベーシックカラー、蛍光色など新色25色が追加になり、現在は全55色で展開しています。
超高濃度の顔料を配合しているため耐光性も十分にあり、またなめらかなアクリル樹脂を使うことによって、純度の高い発色と長期保存性を可能にしているそう。スポイト式なので、スポイトから直接垂らしてポーリングアートをするのに最適。カラーインクのようにサラサラとしたテクスチャですが、れっきとしたアクリル絵具なので速く乾き、また乾くと耐水性になるので、上から色を重ねても滲んだり下の色が溶けたりしません。
代理店のバニーコルアートさんが公式Twitterで更新している瓦版では、水筆ペンに入れてカラーペンとして使う方法も紹介されています。グラデーションメディウム(リキテックスの乾燥を遅らせる&伸びを良くすることでぼかしやグラデをしやすくするためのメディウム)を混ぜて、呉竹のからっぽペン(※本来は染料インク用)に充填して使う方もいますが、長期保存に耐えるかは未知数。
実はこの瓦版を見て「これだ…!」とティンと来て、リキテックスリキッドを買った…というのもある。セピアが「つけペンとの相性バッチリ!」なんて言われた日にゃあ、そら買わない訳にはいかんですて。
リキテックス リキッドで出来ること
さてここからようやく本題。リキテックス リキッドで出来ることを見ていきますよ。
つけペンで描く
乾くと耐水性になるので、透明水彩やカラーインクの主線として使うと、滲みも気にせず思いっきり塗れます。濃いめの主線にしたい時は原液そのまま、後から透明水彩で主線をなぞる場合は水で薄めて描くか、ニュートラルグレー5で描くという手段もあります。顔料濃度が高いので、水で薄めても極端に色が薄くなりすぎたりしません。つけペンだけでなくガラスペンにもおすすめです。
まだアナログでモノクロ原稿を描いていた頃、およそ20年ほど前に10本入りパックで購入したゼブラのGペンが残っていたので、これをそのまま使ってます。実は防錆紙が入ってないまま放置していたのですが、奇跡的に全く錆びてなかったです。流石にペン軸は処分してしまっていたので買い直しましたがw
ペン先は主要なものでもゼブラ・日光・タチカワとありますが、個人的にはゼブラの方がペンの感触が柔らかく感じるのでゼブラ推しです(日光やタチカワは若干硬い感じがする)。
単色でドローイング
つけペンで描く方法のひとつになりますが、単色使いでカケアミ・ベタ塗りを多用してモノクロ原稿みたいな事もできます。完全に黒1色で描くというよりも、黒で線画を描いて、グレーでベタを重ね塗りする感じ。重ね塗りをする時は下の色が完全に乾いてから重ねます。
つけペンで使う際は、直接ボトルからインクを取るよりも、深めの小さいカップなどにインクを出して使うのがおすすめです。ネイルアート等で使うダッペンディッシュは、小さすぎず適度に深さもあるので便利。
透明水彩やカラーインク風に塗る
ウェットインウェットで塗る方法であれば、透明水彩やカラーインクとほぼ同じ感覚で使う事もできます。ただし速乾性なので緻密なぼかしやにじみを表現するのは難しいですし、ウェットオンドライやドライオンウェットはムラが出来てしまうため、綺麗に仕上げたい人にはおすすめしません。
アクリル絵具は厚みのあるものであればどんな紙にも描けるのですが、ぼかしやにじみを綺麗に出したい時は、すぐに染み付いたりしないタイプの水彩紙が良さそうです。失敗するのが怖くて試してないけど、すぐに染み付いて取れにくくなるウォーターフォードは鬼門の予感がします…。
乾くと水に溶けない性質を利用して、透明水彩の下塗りにリキテックス リキッドを使う人もいるようです。
エアブラシで塗る
テクスチャが液体だから出来る芸当ですね。私はエアブラシの道具を持ち合わせていないので試せないのですが、一式揃っている人は一度使ってみるのもいいかなと。片付けが大変そうですが…
アクリルインク用マーカーに充填して使う
ホルベインがアクリリックインク用に発売している空の詰替マーカー容器に充填して使うと、簡易ポスカみたいな感じで使えそう。因みにリキテックスに「リキテックス マーカー」という商品があるのですが、こちらは空のマーカー容器を発売していないので、マーカーとして使いたい場合はホルベイン用のものを使うしか無いです。
リキテックス リキッドでは出来ないこと
何かと便利なリキテックスリキッドですが、出来ないこともあります。
コピックの主線には使えない
個人的にはこれが一番痛いですね…。コピックでも滲んだり色が溶けなければ最強だったんですが、残念ながら少し色を乗せただけで溶けてしまいまして… アルコール系染料インクというのも相性に影響してそう。
使用した色は上からセピア・ミューテッドピンク・ミューテッドバイオレットですが、特にセピアがガッツリ汚くなってます。ミューテッドピンクは一見わかりにくいですが、こちらもバッチリ引き摺ってます。これはリキテックスリキッドに限らず、ホルベインでもラウニーでも同様じゃないかと。
コピックを使う絵は素直にマルチライナーで描きましょう。
万年筆インクの代用にはならない
ECサイトによってはインクカテゴリにカテゴライズされて、パイロットやセーラーの万年筆用インクとなどと一緒に並んでいたりする所もあったりしますが、アクリルインク自体顔料が沈殿するものですし、色によっては顔料とメディウムが完全に分離するものもあるので、万年筆のインク代わりとしては基本的に使えないです。敢えて試すなら安いタイプで試すのが良かろうかと思いますが、どちらにしろメーカー非推奨の方法なので試す時は自己責任で。
そもそも万年筆自体がメーカー指定のインクではないものを使う事を推奨していないので、異なるメーカー同士で組み合わせて使うのはやめましょう。
使用上の注意
使用前には必ずよく振る
顔料濃度が非常に濃いため、振った後にちょっとでも放置するとボトルの底の方に顔料が沈殿しはじめます。色によっては顔料とアクリルバインダーが完全に分離するものもありますので、必ずよく振ってからお使いください。
絵の具がついたままの状態で筆やつけペン等を放置しない
前述したように、アクリル絵具は乾いてしまうと、専用のリムーバーでも使わない限りは落とすのがほぼ不可能になります。すぐに水で洗ってもある程度は残ってしまうので、筆は安価なナイロン筆を使うことをおすすめします。またつけペンの場合はサビや描画不良などの原因にもなるので、筆以上にこまめに落とした方が良いです。
使用後の余ったインクは容器に戻さない
雑菌などでボトル内のインクが劣化するのを防ぐのが主目的。水で全く薄めずに使った場合でも、長時間放置した場合はなるべくボトルには戻さず、ティッシュなどで吸わせて廃棄するのをおすすめします。
リキテックスリキッドに限らず、アクリル絵具は「必要な分だけを出して使う」のが大原則になりますので、一度に大量の絵の具を出すのは避けましょう。
必要に応じて換気を行う
リキテックスリキッドにはカドミウムを使った色はありませんが、複数色のリキッドをパレットに出した時に、若干ニオイを感じることがありました。1色のみで使う場合にはほぼ無臭に近かったので、よっぽど特殊な使い方をしなければほとんど気にならないのですが、シックハウス症候群の人はこまめに換気するのをおすすめします。
なおエアブラシで使う場合は十分な換気とマスクの着用が必要です。
補足: アクリルインク以外で顔料ベースのインクってないの?
カラーインクの場合
ドクターマーチンから発売されている「ボンベイ・インディアインク」が良いのかなと。顔料ベースで乾くと耐水性、また耐光性にも優れているといいう、少女漫画家に愛用者の多い「ラディアント」シリーズの欠点(水に弱く耐光性もほぼ皆無)を見事にカバーしている画材になりますが、ググってもほとんど情報は見つからず。
お試しした人の感想に「一部の色は粘性が強くてペン入れしにくかった」とあるので、アクリルインクほどサラサラしていない可能性も。気にはなりつつも買うのを躊躇してます。
あとこれで色塗ってますっていう情報も日本語圏ではほぼ皆無でした。人柱するしか無いのだろうか…
万年筆用インクの場合
カキモリインク
透明水彩界隈にも愛用者が多いカキモリのインク(コピックで使ってる人は見つけられなかった)。
ターナーと共同開発した水性顔料インクは、詰まりにくく混色も可能な万年筆用インクとして定評があります。またリアル店舗の中にある「inkstand by kakimori」では、スタッフと相談しながらオリジナル色のインクを作成・購入する事も可能(要予約)。また手紙のやり取りをしながらオリジナルのインクを作ってもらう事もできます。
セーラー万年筆 STORiA MiX
「STORiA」(旧モデル)を、顔料インク同士の混色ができるようにリニューアルしたもののようです。その分、混色なしでそのまま線画に使えそうなのがほぼ皆無なのは欠点かな…。
因みに旧モデルはコピックにも耐性があったそうですが、現行モデルもそれを踏襲したインクなのかは不明(MiXはまだ発売して間もないのでなかなか情報が出てこない)。また旧モデルの情報だと耐水性とはあるものの、塗りのスタイルによっては滲むかも…という情報もあったので、水彩に使うのには避けた方が良いかもしれません。
セーラーの万年筆用顔料インクは他にも「青墨」「蒼墨」「極黒」があります。なお、一番の売れ筋であると思われる「四季織」は、顔料ではなく染料なので要注意。
まとめ: まずはドローイングだけでも試してみて欲しい!
実はアクリルインクどころか、アクリル絵具そのものを触った記憶がほとんどなかったので、1ヶ月近くの間半分遊びつつ試行錯誤してました。扱いは難しかったけど楽しかった…!
透明水彩やカラーインクっぽく塗るのは、すぐ乾くしエッジも目立つしでちょっと難易度高めで万人向けではないので、まずは主線にも使えそうな色だけを2色ほど買って、主線やドローイングで使ってみるのが個人的には一番オススメです。その上で「これで色塗りしてみたいな」って思ったら基本色を買い足していくのでもいいかなと。
ググっても「リキテックスリキッド使ってみた!」的な記事にはほとんど巡りあえなかったので、思い切って今回取り扱ってみたのですが、無駄に長くなりすぎて要点がぼやけてる感は否めませんw
拙い内容ではありますが、誰かの参考になれば幸いでございます〜。